私たちは何を求めて生きているのだろうか
年初、大きな地震が能登地方でありました。新年の和やかなひと時が一変、生きることの厳しさと現実をつきつけられました。
思いがけない出来事に遇って、私たちは大切な人と別れていかなければならないことがあります。また、どうしても受け入れがたいこととと出会わなければならないことがあります。また、どうしても受け入れ難いことと出会わなければならないことがあります。そして、いくら求めても手に入らない、思い通りにならないことがたくさんあります。そんなことを繰り返し、今日まで生きてきたように思います。
「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり」蓮如上人(白骨の御文)
ふと、「不安」や「むなしさ」が心の中に湧き上がってくる時があります。それは、「まぼろしで終わらせないで」という「いのち」からの呼びかけではないでしょうか。
いつ終わるともしれない日々の中で、私たちは一体どこへ向かって生きているのでしょう。一体何を求めて生きているのでしょう。
豊かさを求めて、夢や希望をもつことで「光」を見い出そうとしています。しかし、それらは本当に確かなものなのでしょうか?
決してまぼろしではない確かな歩みを、そして「光」を共にたずねてみませんか?お誘い合わせの上、ご参集ください。
日時 2024/6/15 (土) 午前10時/午後2時半 参加費 1,000円 講師 藤井慈等氏 会場 難波別院本堂(保育室あり)
了願寺門徒でご参加希望の方はお寺までご連絡ください。お寺近辺にお住まいの方は、「午前8時半」にお寺にご参集ください。詳細はお寺までお尋ねください。より多くの方のご参加をお待ち申し上げております。