光寿無量の救済
『阿弥陀経』は、舎利弗を対告衆として、釈尊が自ら進んで説かれた「無問自説経」として展開する。親鸞聖人は『教行信証』 (化身土巻) で、「観経に准知するに、この経にもまた顕彰隠密の義あるべし」として『阿弥陀経』の隠顕釈を展開されるが、この「無問自説経」ということが釈尊出世本懐をあらわすものとして注意されている。その説法の対象が智慧第一の舎利弗であることは注目されるべきであろう。舎利弗は、特に学問と徳行にすぐれた仏弟子である。その舎利弗に「念仏一つ」の教えを説いていく。教義や徳行を極めた彼にこそ強調されるべき教えが「念仏一つ」であったと読み取ることも出来る。『阿弥陀経』を丁寧に読み進めていくと、「舎利弗よ」という呼びかけが実に多く繰り返されていることに気づく。その呼びかけは、分別的思惟の中で常に教義を合理的に結着させようとする私たちの知性の持つ「危うさ」に、繰り返しはたらきかけているようにさえ感ずるのである。
『阿弥陀経』では、有名な「阿弥陀」の二つの語義解釈が説かれている。すなわち、「寿命無量」(Amitāyus) と「光明無量」(Amitābha) である。「寿」が無量であることで慈悲の無量が表され、「光」が無量であることで智慧の無量が表されている。生死輪廻する済度すべき衆生が限りないから「寿命無量」である。無始時来の無明煩悩を遍く照らすから「光明無量」である。この二義が救済において重要な意味を持つのは、仏教の伝統が持つ人間存在の捉え方と深く関係している。仏教の人間観は、「生老死」の苦を抱えた存在として出発し、その根本に「無明」を見出す。原始仏教以来の根本教説である十二支縁起が、「老死」「生」と始まり「無明」へと至るのは周知の通りである。阿弥陀の「何が無量であるのか」という問に、「寿命」と「光明」をもって答えるのには、こうした仏教の伝統的な人間存在の捉え方が根底に流れている。
極難信ののりをとき
また、羅什訳の漢訳のみからでは必ずしも明確ではないが、サンスクリット本で「阿弥陀」と出る時は、「仏」ではなく「如来」と表現されていることにも注目されるべきであろう。「仏」とは、真如を「覚った」(buddha) ということであり、如来とは、「真如」(tathā) から「来生した」(āgata) ということである。真如が凡夫の世界へ到来し、「説法がなされた」ということである。如来とは静的 (static) な形ではなく、凡夫の世界へとはたらきかけている動的 (dynamic) な説法である。衆生が法を聴聞するということは、浄土が建立されてあるということで、それが如来している (tathāgata) ということなのである。
『阿弥陀経』ではこうした説法が「世間難信」として表現されている。異訳である玄奘訳の『称讃浄土経』では「極難信」という訳語が与えられ、親鸞聖人はその玄奘の訳語を小経和讃で取り入れられている。羅什訳で「難信」と訳され、玄奘訳で「極難信」と訳されている原語は “vipratyayanīya” という語であり、『仏教混淆梵語辞典』はその語に「相容れざる、歓迎されざる」といった意味を与える。『阿弥陀経』で説かれるのは「念仏一つ」である。念仏の教えとは、世間の分別的思惟の中では決して「相容れざる」法であって、それが時に「歓迎されざる」法ともなることは、念仏弾圧の歴史的事実を挙げるまでもなく、私たちが体験するところであろう。しかも、その相容れざる「念仏一つ」が釈尊によって五濁悪世に「説かれた」(deśita) と表現されるのである。まさに「甚難希有」と言われる所以である。だから、『阿弥陀経』においては、私たちの自力の分別的思惟とは相容れない念仏の教えは、冗長な論理によっては説明されない。ただ、浄土の不可思議なる功徳の称讃と、一切諸仏による證誠護念だけが示される。そして、簡潔に力強く「汝、信ぜよ」(pattīyatha) と繰り返されるのである。
(梵藏漢の資料と宗祖の『阿弥陀経集註』)