忘れ物顛末記

年始早々、やってしまいました。

新年会が3日連続で続いた3日目の2015年1月16日の夜、大阪ミナミで忘れ物をしました。宴会を終えて、酔い覚ましを兼ねて、本町から難波まで、イルミネーションで飾られた御堂筋をゆっくりと歩きました。道頓堀川を経由して大阪難波駅に至り、電車の改札へ降りる階段の前のベンチで一休みしました。ミネラルウォーターを飲みながらぼんやりとその日の宴会での会話を思い出しつつ、一息ついて「さて帰るか」と改札へ向け階段を降り始めました。長い階段を降りきったところで、「あッ」と忘れ物に気づいて、すぐにもときた階段を引き返しました。「電車に乗る前に気づいてよかった」と、私は階段をそれほど慌てずに少しの駆け足で上って行きました。

引き返すまでにかかった時間は5分ほどだったと思います。もとのベンチまで帰った私は、そこに私の荷物を見つけることができませんでした。忘れたものは、その日宴会に向かう前に、心斎橋のレコード屋で購入した Raregroove のLP二枚と、購入した袋に一緒に突っ込んでいた長年愛用していた Sennheiser のヘッドフォン HD25-1 II でした。ベンチに座っていた20代前半くらいの若い男の子が、

「黒い袋っすか?」

と、私の慌てた様子を見て、話しかけてくれました。その男の子の話によると、ゆっくりとした足取りの高齢の男性が、つい先程その袋を持って行った、とのことでした。たった5分で!

「どっちに行った?」

「いや、わかんないっす。でも、あんま遠くは行ってないと思います。かなり歩くの遅いおっさんというか…」。

「ありがとう、助かります、ありがとう」。

私は自分の身に起こったことが信じられないまま、そのほとんど手がかりのない男性の姿を探し早足で歩き出しました。しかし、場所は大阪ミナミの中心。時間は深夜と言えど、「かなり歩くの遅いおっさん」という手がかりだけで、どちらへ行ったかわからない男性を探すことは、まず不可能でした。私は夜のネオンサインに煌々と照らされた道頓堀近辺を闇雲に歩いて、30分ほど後に再びもとの無くした場所まで帰ってきました。

lost_01.png

「後ろ髪を引かれる」とは、こういう時に使う表現なのでしょう。すっかり酔いの覚めた私は、鉛のように重い足取りで地下の階段を降り、最終電車に乗り込みました。帰宅の道中、後悔の波が押し寄せてきました。悔しくて悔しくて。

その日購入した無くしたレコードはそれほど高価なものではありませんでしたが、その日の夕方、一時間ほど時間をかけてゆっくりと選んだものでした。その夜その足で帰宅するなりすぐに聴こうと楽しみにしていました。無くしたヘッドフォンは、超高級とまではいきませんが、学生時代からもう隨分長い間愛用している、お気に入りのヘッドフォンでした。お金のない学生時代の私にとって、Sennheiser のヘッドフォンはそれなりの出費でしたし、何よりどこへ行くにもこれと一緒だったので、愛着がありました。

帰宅しても頭からそのことが離れません。間抜けな自分自身にも腹が立ちました。次の日朝が早いので、とにかく「明日、届け出だけはだそう」と言い聞かせ、床に就きました。

ベッドの中であれこれ悔やんで、それでも1,2時間ほど寝て、朝起きてもやっぱり頭からそのことが離れません。しかし、その日の仕事を終える頃には、警察署に行って遺失物届けを出す気持ちは失せていました。ほんの5分で即座に判断して持って行ってしまうくらいだし、「かなり歩くの遅いおっさん」という表現からまずは紳士を想像できませんし、そのような人が拾ったものを遺失物として届け出ることなどない、ということは、一晩寝た冷静な頭では容易に想像がつきました。諦めよう…

しかしその日の晩、私の夢にはその無くしたヘッドフォンが出てきました。夢の中で、カバンの中の別の袋を開けるとそのヘッドフォンが入っていて、「ああ、よかった、ここに入れてたのか」と安心して、目が覚めました。当然、現実世界ではそんなことありません。そしてそのままその日も仕事に出ました。仕事中もほとんどそのことを考えていました。私は僧侶として袈裟と衣を着て法務を行っていますので、読経中僧侶がそんなことを考える事はあるまじきことなのですが、包み隠さず書くと、無くしたもののことを考えることをやめる事ができませんでした。たかだかレコードとヘッドフォンくらいで大げさな、と自分でも思いますが、どうも私はかなり執着心の強い方で、こうなると自分でもどうしようもありません。加えて、自分に対して変な完璧さを持っていて、こんなマヌケなことをしてしまう自分への怒りと情けなさも止められませんでした。

無くし物をした二日後の今日18日の午後、私は警察署に向かいました。遺失物の場所と詳しい特徴を伝えて、遺失物の「受理番号」の書かれた小さな紙切れを手にして、警察署を後にしました。

lost_02.png

この時、すでに私は遺失物が戻ってくることはほとんど諦めていたので、私にとって大事なことは、それが届けられているかどうかということではなく、届け出を出すという行動をしたと自覚することでした。そしてその足で、日本橋のヘッドフォン専門店に向かい、同程度のヘッドフォンを購入しました。すでに十分に使用したので買い替えの時期だ、と言い聞かせて。さらに、その近くの日本橋のレコード屋さんに入り、二日前に無くしたものと同じジャンルのLPを二枚買いました。中古レコードなので、まったく同じものではありませんが、「同じジャンル」ということと「二枚」という数字が大事でした。私は、私自身ともう隨分長く付き合っているので、こうなると私の心に沸き起こるこうしたモヤモヤ感をどうにも止められないことがわかっていました。ですので、早めに対処策を講じる必要を感じたのでした。なるべくならこのような贅沢はしたくはないけど、このまま放っておくと、今までの経験上、このモヤモヤが長引くことはおおよそ予想がついたので、多少もったいないという気持ちはあっても、とにかくこのウジウジした気持ちを早めに切り上げたいという気持ちでした。

さて、先ほど帰宅し、今日こうして購入してきたレコードに針を落とし、この3日間の出来事を思い出しながらこの記事を書いています。スピーカーからは Roberta Flack が “Do what you gotta do” (やるべきことをやりなさい) をしっとりと力強く歌い上げてます。さて、今晩はどんな夢を見るんでしょうか。汚い無精髭を生やした「歩くの遅いおっさん」が出てくるのでしょうか。落とし物を発見してすぐさま警察に届ける心優しいロマンスグレーの紳士が出てくるのでしょうか。いや、ほんとに、年明けから、お恥ずかしい話です…

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください